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寒い日に。

あったかい部屋と怖い話。

*そういうの嫌いな人は見ちゃだめですよ。

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色つきの夢。~第五夜。

「・・・先輩、嫌な話なんですけど」

奴はそうやって話を始めた。

 

・・・え?

あいつ?

今日は休んだみたいだよ。

さっき電話したときにそう言ってた。

病院行ったってさ。

昨日の練習してたときにね、ボール追ってて派手に転んだんだ。

関節が変な曲がり方してたみたいだったから、心配してたんだけど、捻挫で済んだって。

なんかそれも正夢みたいだった。

「オレンジ」だって。一昨日の夢。

昨日、部活が始まる前にちょっと話したときに、そう言ってた。

「今日の夢は?」

そう聞いた俺に、たったひとこと。

「ボールの色っすよ」って、苦笑い。

すぐに練習が始まったから、それしか聞いてなかった。

・・・怪我することも分かってたのかな。

だったら練習休めよ、って思ったけどね。

あいつらしいよ。

 

・・・でね、さっき奴から電話が来たんだけど。

もしかしたら、今日で終わりかもしれないんだ。

色つきの夢。

 

あいつの声、おかしかったな。

笑っちゃったよ。

・・・すげえ怖がってて。

今までなんかとは比べ物にならないくらい。

 

聞きたい?昨日の夢。

 

・・・俺?

さぁ。

よく分かんないな。

とりあえずお前に会わなきゃって思った。

・・・怖いのかな。

ひとりで居るのは。

 

学校、休ましちゃって悪かったな。

俺もどうしたらいいか分かんなくて。

・・・まだ実感無いんだよ。

いきなりそんなこと言われてもさ。

 

お前だったら、どうする?

 

『・・・昨日の夢、死んでるんですよ。

 先輩が。

 真っ赤な血だまりの中で・・・。

 ・・・後ろから殴られたみたいな傷が、頭に』

 

だって、なぁ?

たかが夢だろ?

夢に殺されるなんて話、聞いたこと無いだろ。

 

・・・でも、な。

どうしようかな。俺。

・・・どうしたらいい?

分かんねぇよ。

・・・まだ、死にたくない。

なぁ、・・・そんな顔しないでよ。

一緒に居てくれよ。

 

じゃないと、俺・・・。

 

―――Fin.

色つきの夢。~第四夜

ある男が、蝶になる夢を見た。

それはすごく楽しい夢だった。

目が覚めて男は思った。

自分が夢の中で蝶になったのか。

それとも、今居る自分は夢の中の蝶が見ている夢なのか。

 

―――「胡蝶の夢」って話、知ってる?

荘子、だっけ。

こっちが夢でも、向こうが夢でも、そんなことはどうだっていいんだ。

肝心なのは今居る自分が

「さっきまで居た世界のほうがまだマシだ」

なんて思っていないこと。

・・・そうだろう?

 

「まあ、ほら。

 溺れてても彼女と会うんでも、正夢になったことはなったんだな。

 『二度あることは三度』って言うし。

 ・・・あ、『三度目』見たんだっけ。

 黄色?どんなの?」

言いながら、俺は体育館の扉を開けた。

部室は体育館のステージ脇にあるからね。

モップがけしてる1年が、体育館に入る俺たちを見て挨拶する。

そっちに目顔で答えながら、奴は話を続けた。

「いや、あんまりよく覚えてないんすけどね。

 確か、黄色い、花が・・・」

思い出そうとするのか、左上に視線をやりながら、眉間に少しだけしわを寄せる。

「・・・花?

 ってことは外か。

 公園とか避ければ、大丈夫じゃ・・・」

「あっ」

部室のドアを開けた奴が、俺の言葉を遮ったまま、その場で固まる。

「どうした?」

振り返った奴の唇からは、すでに血の気が失せていた。

「・・・先輩、あれ」

机の上を指した指の先。

俺は黙ってそちらを見た。

 

部室の机の上には、一輪の黄色い花。

青ざめた奴の顔色とは裏腹に、その花びらはまだ瑞々しく、それは、滑稽でさえあった。

 

・・・なんだっけ。あれ。

昔、剥いて遊んだ花。

え?

・・・月見草って、バナナみたいな?

じゃあ、たぶんそれだ。

 

奴は硬い表情のまま、窓を開けて花を捨てた。

気味悪かっただろうな。

今までとは明らかに違う、何かしらの作為。

あるはずのない場所にある咲きかけの月見草ひとつが、あいつの理性を奪うには充分だった。

 

それが、一昨日の話。

その後の練習も、ずっと上の空だったよ。

話し掛けてもまともに答えやしない。

・・・そうだろうな。

俺も、他人事だからこうやって言えるけどさ。

単に自分の見た夢が現実になるだけ。

今のところ、何の害も無い。

けど、それがいちばん気味悪いよね。

人間は、何にでも意味を求めたがる生きものだから。

 

ああ、ごめんな。長くて。

疲れた?

もうちょっとで終わりだから。

―――我慢して聞いてくれよ。な?

色つきの夢。~第三夜

イキモノって、おかしな状況に居ても、それに慣れるものなんだってさ。

それが「普通」だと認識したら、おかしいと思わなくなる。

そう考えたら、「普通」と「普通じゃない」の境界なんて、ごく簡単なものかもしれないな。

今踏み出した一歩が、その境かもしれないくらいに。

 

その2日後だったかな。

放課後、部活に行く前に奴と会ってさ。

え?

・・・あぁ。

普段なら毎日練習で会うんだけどね。

休んでたみたいなんだ。その前の日。

だから、電話があった次の日には会えなかった、ってこと。

あんな電話なんてなかったみたいに、お疲れ様ですー、なんて笑ってた。

「昨日、どうしたんだ?」

「熱上がっちゃったんですよ。

 もう大丈夫だと思うんですけど」

「そうか。無理すんなよ」

はい、っていいお返事。

何も無かったように行きかけた奴の背中。

かけるのには躊躇われる言葉が、なぜかそのときはするっと出た。

 

「夢は、どうなった?」

 

言ってからちょっと後悔した。

ふっと俺を見た奴の表情が、さっきとは全く違うものだったから。

苦笑いをした奴の目は、もう俺を見ていなかった。

 

「見ましたよ」

 

なにげない雰囲気の言葉。

けどね、なんか分かったんだ。

そのときの奴はすでに、境界を超えてしまった人間だった。

「でも、ちょっとおかしいんすよね。

 あれから考えたんですけど、夢。

 色ついてるって言っても、フルカラーじゃないんですよ」

「・・・は?」

「あの、カラーなのは一色だけで、あとはやっぱりモノクロなんすよね。

 昔の、壊れたテレビみたいな」

 

相変わらず、おかしな話だけどね。

ぞっとした。

深い深い青色の中で溺れる、モノクロの、奴。

ねぇ、ちょっと怖いよね?

怖いんだけどさ。

何よりも、それってすげぇ綺麗なんじゃないかって、思った自分が怖かった。

 

「・・・へぇ。

 で、夢の続きは何だったんだ?」

思い浮かんだ感覚を打ち消したくて、話を軌道修正する。

「ええと・・・一昨日が『緑』で、昨日が『黄色』すね」

「なんだそれ?」

「あ、だから、色ですよ」

「まぁ、色はいいから、内容は?」

「俺んちの近くの公園で、ベンチに座って、ずっと誰かを待ってる、ってだけでしたね。

 芝生の緑がすげぇ綺麗で。

 それ以外は、ベンチとか空とか、みんなモノクロなんすけど、夢の中の俺は別に変だって思ってなくて。

 で、誰かに声かけられて、そっちを見た瞬間、目が覚めたんす」

窓の外見ながら、なんだかとても穏やかな表情で奴は言った。

「ふーん・・・

 誰だったんだ?それ」

「分かんないですね。

 夢の中の人って、顔とか無かったりするじゃないですか」

「まぁなぁ・・・」

 

そこでふと気づいたんだ。

「お前昨日、学校休んでただろ。

 それ、いつ正夢になったんだ?」 

「実は昨日、途中までは居たんすよ。学校。

朝からなんとなく調子悪かったんすけど、2限終わったときに保健室行ったら、熱あったんで、帰ったんす」

「へぇ」

「彼女に、熱あるから帰るってメールしたら、会いに行くって言われて。

 帰る途中の公園で待ち合わせして、それがたぶん正夢ですね」

奴はそこでやっと、ほんの少し余裕のある顔で笑った。

「早退してデートかよ?」

俺が大げさにため息をついて見せたら、

「それ言わないでくださいよ・・・」

照れたように言って、部室に向かって歩き出した。

 

「・・・あれ。

 でも彼女、学校は?」

俺が聞くと、奴は一瞬目を大きくさせて、

「昨日、休みっすよ?

 創立記念日とか言ってましたね。

 先輩、知らなかったんですか?」

 

っていうかね。

お前、休みなら言ってよ。

こないだから出掛けようってずっと言ってるのにさ。

ん?

学校なんかいいよ。

・・・あぁ、まぁそれが無難だけどな。

お前は部活ないの?

んじゃ、土曜にでも行こうか。

お前が行きたがってた、新しい水族館。

 

奴の彼女、知らなかったっけ。

北高の、バスケ部の2年だって。

まぁ、おんなじ学校に居ても学年違ってたら分かんないか。

短い髪の、けっこう可愛い子なんだけどさ。

あいつ、相当はまってるみたいで。

・・・ってちょっと褒めたからってそんな顔するなよ。

先週の土曜に一回会っただけ。

え?

部活の後で紹介されたんだよ。

それだけだって。

帰り遅かったのは練習が長引いたから。

黙ってたのは謝るけどさ。ごめんな。

別にお前に言うほどのことでもないと思ったんだけど。

 

―――ほら。

話違うほうに行っただろ。

珍しく真面目に話してんだからさ。

とりあえずもうちょっと聞いてくれよ。な。

色つきの夢。~第二夜

 

着メロなんてどーだっていいから、呼び出し音はデフォルトのままなんだけどね。

たまに電車の中で、同じような電子音を聞いてどきっとするよ。

でも、電車の中ならまだいいんだってことに、携帯電話を持ち始めて初めて気づいた。

 

しんとした部屋に電子音が響き渡る。

一瞬、目覚ましが鳴ったのかと思って、焦って飛び起きたんだけどね。

・・・笑うなよ。

枕もとの携帯を手にとって、ディスプレイに奴の名前が見えた。

反射的に確認した時間は、午前1時半をすこし回ったとこ。

―――なんだよ、こんな時間に。

「・・・どうした?」

相当不機嫌な声してたと思う。

「あ、こんな時間にすみません。

 寝てました・・・よね?」

そう思ったならこんな時間に電話してくんじゃねぇよ。

言いたいのを飲み込んで、ベッドに座り直す。

「いいよ。

 ・・・どうした?」

ちゃんと話を聞く気になったのは、奴の声がなんか震えてたから。

いつも通りに喋ろうとしてるのは分かるんだけどさ。

ことばのいっこいっこに必要以上に間が空くし、電話でもおかしいって気がついた。

「あの・・・わざわざこんな時間に電話して、こんなこと言うの、どうかと思うんですけど・・・」

「いいよ。

 言いたいことあるんだったらさっさと喋れ」

何が言いたいか分からなくて、寝起きでイライラしてたから、つい強い言葉になったけどね。

奴の次の言葉を聞いて、一瞬で眠気が飛んだ。

 

「正夢に・・・なったんです」

 

「今日、帰りに区民プールに行ったんすよ。

 彼女とふたりで。

 で、初めのうちは普通に泳いでたんですけど、途中で彼女を見失っちゃって。

 『あれ?』って思って・・・」

ここで奴は言葉を切った。

躊躇したんだろうな。

俺が信用するかどうか、ってことだったのかもしれない。

「それで?」

なるべく自然に、先を促す。

「それで・・・」

ごくっ、と唾液を飲み込む音が聞こえた気がした。

「それで、『あれ?』って思った瞬間、

 ・・・足を引っ張られたんです」

俺は何も言わなかった。

「俺、そのまま溺れて、気がついたらプールの医務室でした。

 足がつったんだろう、って言われたんですけどね。

 でも、確かに引っ張られたんです」

俺、そーいうの信じないほうなんだけどね。

知ってるしょ?

けどそのときは、奴ももう半泣きだったからさ。

どうしても嘘には思えなくて。

まぁ、俺にそんな嘘ついても仕方ないんだけど。

 

「えーと・・・

 とりあえず、分かった。

 分かったから落ち着け」

「・・・はい」

くしゅっと鼻をすする音が聞こえた。

いいお返事だ。

練習もこのくらい素直にしてくれるといいんだけどな。

・・・そうだな。関係ないな、それは。

「けど、いつもの区民プールだろ?

 いくら誰かに引っ張られたからって、そうそう溺れたりしないだろ。

 そんなに強く引っ張られたのか?」

奴の身長は俺より低いけど、それでも180センチはあると思う。

泳ぎは得意だって言ってたし。

プールで溺れる高校生、ってのも、聞かない話だしな。

俺がなるべく冷静に話をしようとしたのが良かったのか、ひとつ深呼吸をしてから発した奴の声は、だいぶ落ち着いていた。

「すごい強い力でした。

 誰がやったのかは全然分からないですけど。

 周りの人も、突然溺れ出した、って言ってたみたいですし。

 気づいた監視の人と彼女が助けてくれたみたいなんですけど、そのときのことは全然覚えてなくて。

 ・・・ただ、目が覚めて足首見たら、手で掴んだ痕がくっきり残ってました。

 まだ頭痛いっすよ。

 水飲みすぎで」

「そうか・・・」

足首についた手型。

想像すると気味悪いよな。

「で、その後はどうした?」

俺が聞くと、

「ふらふらしてましたけど、ちゃんと送って帰りましたよ。

 手の痕見て、気味悪がってたんで」

そりゃそうだろう。

 

俺は奴が言ってることを信じかけてた。

疑ってたわけじゃないけど、やっぱり普通にあることじゃないしね。

でもさ。

なんかのきっかけで、俺たちが知らないとこに片足突っ込んじゃう、ってのも、無い話じゃないと思うんだ。

奴を見てたら、そんな気がしたよ。

「もしかして、俺のせいかな」

うすうす思ってたけど、口に出したら本当にそう思えてきた。

出任せだったはずなのに。

色つきの夢は正夢。

突拍子もないことだけど、嘘から出たマコト、ってのは、こういうときのこと言うんだな、って。

「俺が、正夢になるなんて言わなかったら・・・」

「やだなぁ、先輩」

奴が俺の台詞に割って入る。

「んなわけないじゃないっすか。

 たぶん、『偶然』と『気のせい』が重なっただけですよ」

ここで初めて奴は笑った。

力なく。

「・・・というか、俺はそう思いたいんで」

最後のだけ、本心だ。

そう感じて俺は、

「そうだな」

とだけ、返事をした。

「ほんとはすげぇ怖かったんすけど、先輩に話したらなんか楽んなりました。

 これで寝れるかも」

こんな遅くにすみませんでした、と言って、奴は電話を切った。

 

俺は、眠れなかった。

今から思うと、嫌な予感、ってのは、あーいうのを言うんだな。

心臓がざわざわしてさ、奴が溺れてるとことか、さっきの会話とか、ずっと考えてて、気づいたら朝だった。

でも、なんでこんなに胸が騒ぐのかとか、さっきの話が気になるのかとか、そのときは全然分からなかった。

まだ、予想もしてなかったんだよ。

たくさん考えたくせにね、いちばん肝心なことは思いつきもしなかった。

―――『この先』が、あるってこと。

 

色つきの夢。~第一夜

 

「先輩、俺、昨日の夜、夢見たんです」

奴はそうやって話を始めた。

 

まぁ、特に変なとこはないよね。

夜に夢見るのはおかしなことじゃないし。

なんでこいつはこんな深刻な顔で、こんな早朝にこんな話、って思った。

しかも部室でだよ?

 

あと30分で朝練が始まる時間だった。

俺はそんな早く行かなくてもいいんだけどね。

ほら、いつもより早く目が覚めたから先に行く、ってお前にメールしたでしょ。

あのときの話。

あの日の練習きつかったから、さぼってお前と学校行けば良かったって思ったもん。

 

「なんか変な夢なんすよね。

 足つかないくらい深い水の中で溺れてる、っていう」

 

すげぇ真面目な顔で喋るんだよ、あいつ。

でもそのときは、おかしなこと言ってるなぁ、くらいで何も気にしてなかった。

「泳ぎたいんじゃないのか?」

そう言った俺に、奴は不思議そうな顔で、

「や、でも俺、溺れてるんすよ。

 泳ぎは得意なんで、溺れたこととか無いんすけど。

 あたり一面真っ青で、息できなくて苦しいのに、珍しいなーとか、綺麗だなーとか、そんなこと考えてました」

なんか言うことおかしいだろ?

「溺れてる最中にそんなこと考えてられるなんて、余裕だなお前。

 でもまぁ、体験したことないけど夢に出るなんて、普通だろ?

 夢なんだし」

奴はちょっとだけ目を大きくしてみせてから、あぁ、と口の中で言って、

「でも俺、色ついた夢みるの初めてなんです」

と答えた。

「え?」

「今まで、モノクロの夢しか見たことないんですよ」

奴の笑顔は、ちょっとだけ困っていた。

 

ねぇ、モノクロの夢って見たことある?

・・・ね。

俺もなんだ。

生まれたときからずっとフルカラーだよ。

だから、奴の話聞いたとき、そんな人もいるのかって、けっこうびっくりしたんだけどさ。

 

「だから、すごくびっくりしましたよ。

 いつもの夢とはなんか違うなぁって、ここに来る途中ずっと考えてて、

 『そーいや色ついてたよ!」って」

「へぇ・・・」

 

そのあとちょっと調べたんだけど、実際に目で見てるのはフルカラーでも、夢がモノクロだって人はほんとに居るみたいなんだよね。

精神的に不安定なときとか、一時的にそうなることもあるみたい。

 

奴はシューズを履き替えながら、

「今日、帰りにプール行く予定だったんですけど、なんか心配で」

と、苦笑いした。

「色つきの夢はほんとになるって言うからなぁ。

 溺れても知らないぞ?」

「え、そうなんですか?」

「お前、知らないのか。

 普段モノクロの夢見てる奴が見た色つきの夢は、正夢なんだって。

 本当かどうか、試してこいよ。

 プールだったら監視の人も居るし、そもそも足つくんだし、安全だろ?

 行って、そんなのただの噂だって証明してこいよ」

 

・・・え?

ああ、嘘だよ。

普段真面目な奴がいきなり変な話するからさ、ちょっとからかってやろうと思っただけ。

そのまま死んだら責任取ってくださいよ、なんて言ってたけどさ。

たぶん、けっこう本気にしてた。

目がちょっと怯えてたし。

・・・性格悪いとか言うなよ。

ふざけただけなんだからさ。

よくある可愛い嘘だろ?

 

ほんの少しだけ不安げな目で奴が俺を見て、何か言いかけた瞬間、

「お、お前ら早いな。

 何時に来たんだ?」

部室のドアを派手に開けて、部長が入ってきたから、その話はそこでおしまいだった。

そのあとの練習、奴はさんざんだったよ。

あれを気にしてんのかな、って思って、ちょっと可哀想になったけどね。

 

やたらと天気のいい朝だった。

奴が最初の夢を見た日。

 

ある男に恋をした月の話。

アースは今日も、屋上への階段を上ります。

時刻は真夜中。

耳がきーんとするほど静かな夜。

れんがで作られた階段だけがこつこつと音をたてます。

最後の一段を上りきって、見上げるとそこには、満天の星空が広がっていました。

 

天文学者のアースは、星を見るのが大好きでした。

星の見える夜は毎晩、アパートの屋上にひとつだけあるベンチに寝転がって、またたく星たちを眺めるのです。

忙しいアースにとって、そのときだけが心安らぐ時間でした。

むし暑い夏の夜も、空気が凍りそうな冬の夜も、星が見えさえすれば、彼は屋上への階段を上りました。

 

アースがいちばん好きな星。

それは一等星のシリウスでした。

きらめく星たちの中でもひときわ輝くシリウスは、アースだけではなく、ほかの人間たちにもとても人気のある星でした。

また、シリウスもそのことをちゃんと知っていました。

「今日もまた人間たちが私を見て感心しているわ。
 
 もっと美しい私の輝きを見てもらわなきゃ」

自慢するようなシリウスの言葉に、ほかの星たちはいつも、

「シリウスさんはとてもきれいだものね。

 どうしたらそんなにきらきらと光ることができるんだろう」

と答えます。

ほかの星たちがうらやむくらい、シリウスの輝きはすばらしいものだったのです。

シリウスが夜空に輝くと、アースはとても喜びました。

 

朝が近づいて、星たちのまたたきが弱くなり、やがて消えてしまう頃。

アースは少し寂しそうな目をして、階段を下りるのでした。

 

そんなアースを、毎晩見つめている星がいました。

今、みなさんに「お月さま」と呼ばれている星です。

この頃まだ、お月さまは遠い空を漂っている無数の星のうちのひとつでした。

お月さまは自分では光ることができません。

ですから、真っ暗な夜には、闇にまぎれて見えなくなってしまいます。

星たちのようにちかちかときらめくこともなく、ましてやシリウスのように、人間たちからほめられることもありません。

ただゆったりと、空に浮かんでいるだけでした。

 

でも、お月さまはそれでよかったのです。

周りの星たちとお喋りをしたり、ときどき地球を眺めたり。

人間たちには存在も知られず、ただ宇宙の片すみでゆっくりと時を過ごしていました。

お月さまは幸せでした。

 

ところがある日、地球のまわりをゆっくりと回っていたお月さまは、古びた建物の屋上で星を眺めるひとりの男の人に目を止めました。

アースでした。

「あんなに優しい目をするなんて、きっと星が大好きなんだわ」

おっとりとしたまなざしで空を見ているアースがほんのすこしだけ気になって、お月さまは次の日も地球のまわりを回りました。

同じように、アースが星を眺めていました。

次の日も、また次の日も。

 

その次の日は雨でした。

分厚い雲に覆われて、地球の様子はよく見えませんが、お月さまは目をこらして、あのいつもの建物を探しまし
た。

雲の切れ間からちらっと見えた屋上には、アースはいません。

しとしとと降る雨に打たれて、古びたベンチだけがぽつんと、そこにありました。

お月さまはとたんに寂しくなりました。

 

アースがいると嬉しい。

アースがいないと寂しい。

こんな気持ちは初めてでした。

 

それからというもの、お月さまは毎晩、地球のまわりを漂いながら、アースを見つめるようになりました。

最初のうちは空を眺めるアースを見るだけで楽しかったお月さまは、次第にその瞳が、シリウスを見ていることに気づきました。

星たちの中でもひときわ輝く明るい星。

ほかの人間たちと同じように、アースもシリウスのまたたきをうっとりとしながら見つめています。

お月さまはふと、

「私もほかの星たちと同じように輝いていたら、アースに見てもらえるだろうか」

と思いました。

 

それからも毎晩、星が輝く時間になると、アースは屋上でそのきらめきを眺めています。

とても楽しそうに、星たちの光にも負けないような輝いた目で。

私が光り輝く星だったら、アースに好きになってもらえるかもしれない。

お月さまの、アースを思う気持ちは、日ごとにつのりました。

 

そこでお月さまは、そのときちょうど近くで輝きを放っていた太陽に相談しました。

太陽はすべての星の王様。

美しくまたたくシリウスもその光にはかなわないくらい、とても明るく、力強い星です。

「太陽さん、どうか私を夜空に照らし出してもらえませんか。」

「お安い御用です、お月さま。

 でも大丈夫ですか、夜空でいちばんに輝くことになりますよ。

 それがどういうことか、あなたには分かっているんですか?」

お月さまはこう答えました。

「私はアースに見てもらいたいんです。

 アースがほめてくれるように。

 そのために輝きたいんです」

太陽はすこし心配そうな顔をすると、自分では光ることのできないお月さまに、どの時間にどこにいれば強く光を受けられるか、そっと教えました。

 

ある日、アースが屋上でいつものように星を眺めていると、突然大きな星が夜空に現れ、あたりがぼんやりと明るくなりました。

お月さまでした。

太陽の力を借りて、明るく輝くお月さまの光。

それは、太陽には及ばないものの、とても強い光だったのです。

夜空でいちばんに、と太陽が言ったとおり、ほかの星たちのまたたきをかき消してしまうには充分なほどに、お月さまは輝いていました。

これを見たアースや人間たちは驚きました。

太陽が昇る時間でもないのに、突然空が明るくなって、大きな星が現れたのですから。

最初の驚きがおさまると、人間たちは、白く明るくなった夜空と、輝くお月さまをほめちぎりました。

またたくだけのほかの星と違い、大きな円形をうす明るい空に描きながらまばゆく光るお月さまは、それは美しかったのです。

これでアースにほめてもらえると、お月様はとても喜びました。

 

ひと晩で夜空の人気者になったお月さま。

やがて、アースが階段を上る時刻がやってきました。

こつこつと響く足音は、いつもよりとても急いでいました。

屋上へ上がったアースは、お月さまをひと目見ると、とてもびっくりした顔になりました。

それから、お月さまを見つめて、困ったような悲しい顔をすると、階段を下りていってしまったのです。

お月さまはそのアースの様子に驚きました。

 

ほかの人間たちは私をあんなにほめているのに。

 

次の日も、また次の日も、お月さまは地球の周りを漂って、その輝きを人間たちにほめられました。

次の日も、また次の日も、アースはほんの少しだけ屋上に顔を出しました。

そして、お月さまを見てひとつため息をつくと、すぐに階段を下りてしまうのでした。

 

アースはやがて、屋上に上がるのをやめてしまいました。

 

シリウスのひときわ明るい輝きが大好きだったアース。

でも彼はシリウスだけでなく、満天の星空が大好きだったのです。

お月さまは、そのことをすっかり忘れていました。

お月さまが毎晩明るい光で照らすものだから、アースがいる屋上からは、ほかの星を見ることができなくなってしまったのです。

 

アースの姿を見ることが出来なくなったお月さまは、その理由が分からず、周りの星たちに相談しようとしました。

ですが、急に現れて自分たちの輝きを消してしまったお月様の話を聞いてくれる星は、ひとつもありませんでした。

アースにも会えず、ほかの星たちからも嫌われてしまったお月さまは、泣きながら、太陽の光の届かない所へ移動しました。

お月さまの姿が見えなくなったのを心配して探しにきた太陽が、やっとお月さまを見つけたときには、お月さまはもう、涙もかれ果ててぼんやりと、宇宙のすみっこで浮かんでいるだけでした。

「お月さま、お月さま。どうしたんですか。」

お月さまは元気のない声で答えました。

「太陽さん、せっかく照らしてくださったのにごめんなさい。

 でも、アースもいなくなってしまって、星たちも私をさけています。

 私はどうしたらいいのでしょうか」

「ああ、やっぱりそうだったのですね。私にも同じようなことがありました。

 最初に私が輝きだしたとき、人間たちがとても喜んでくれたので、もっと気に入られようとずっと空を照らしていたんですよ。

 そうしたら、彼らはだんだん元気が無くなっていきました。

 私の光は、強すぎたんですね。

 大好きな人間たちが弱っていくのに気づいた私は、雲さんに頼んで雨を降らせてもらい、しばらくは後悔でいっぱいで、泣いて暮らしていました。

 そのとき、自分の間違いに気づきました。

 いつも照らしていればよいわけではないのだと。

 そのときに応じて、必要とされるだけの光で照らすのがいちばんいいのです。

 それからの私は、たまに雲さんにお願いして空から隠れたり、夜は星たちに明かりを頼んで休んだりするようになりました」

 

お月さまは黙ってしばらく考えた後に、ゆっくりとこう言いました。

「太陽さん、私がわがままを言ったせいで、こんな事になってしまってごめんなさい。

 私はずっと、明るく照らすことができればアースに好きになってもらえると思っていました。

 でも、それは間違いだったんですね。

 あんなに近くで、あんなに強い光を出せば、ほかの星たちは見えなくなってしまうし、アースの好きなきれいな夜空を見せてあげることもできなくなってしまいますね。

 太陽さん、私はアースを喜ばせてあげたいのです。

 もう一度だけ、お願いを聞いてください」

太陽はにっこり笑ってうなずきました。

 

次の日の夜、アースが屋上に上がると、空には大きなお月さまが、ちょうど今姿を見せたところでした。

でもそれは以前の、空の色まで変えてしまうような強い光ではなく、うっすらと白い、穏やかな光でした。

星たちのようにまたたき、きらめくこともありません。

ただぼんやりとかすむような、淡い光。

それなのにその光は、不思議とアースの心をとらえました。

お月さまはゆっくりと移動しながら、朝が近づくと少しずつ消えていきました。

アースはその様子を、黙って見つめていました。

 

その次の日も、また次の日も。

お月さまは夕方になると現れ、明け方には消えていきます。

優しい青白い光は、不思議とアースの心をなごませました。

いやなことがあった日も、何も考えずにお月さまを見つめていると、なんとなく気持ちがほっとするのです。

やがてアースは、きらきらとまたたくシリウスを探すことよりも、お月さまを見つめることに夢中になるようになりました。

 

ある日アースは、いつものように昇ったお月さまを見て、とても驚きました。

まん丸だったはずのお月さまが、しだいに欠けていっているのに気がついたのです。

おとといより昨日。

昨日より今日。

だんだんと細くなっていきます。

このままでは明日には、3分の2ほどになってしまうでしょう。

もしかしたら、消えてしまうのかもしれない。

そう思うと、アースはとても寂しい気持ちになりました。

 

星たちはまた以前のように、夜空を彩っています。

黒いビロードにばらまかれた宝石のように、きらきらと人間たちの心を引き付けて離しません。

その星たちよりも何倍も大きなお月さま。

でも、柔らかなお月さまの光は、星たちのまたたきを邪魔せず、かえって引き立てているかのようでした。

お月さまの横で輝くシリウスは、以前、きらめく星たちと一緒に夜空に浮かんでいたときより、ずっときれいに見えました。

でもアースだけは以前のようにシリウスを愛でる気持ちになれませんでした。

まぶしいほどの光を放っていたときは、あれだけ邪魔に思っていたお月さま。

でも今は違います。

自分でも驚くほど、アースは、日々変わりゆくお月さまが気になって仕方ありませんでした。

 

お月さまはいつものようにゆっくりと夜空を移動していました。

アースに出会う前、なにげなく漂っていたのと同じように。

でもお月さまの気持ちは、全く違っていました。

輝くことで嫌われるなら、輝かなくてもいい。

邪魔になるなら、見えなくなってもいい。

でも、これが最後ならせめて、アースの大好きなシリウスの輝きを引き立てて、喜んでもらいたい。

それが、お月さまの選んだ方法だったのです。

 

もう充分、アースを喜ばせることができた。

あと少しだけアースに見てもらったら、消えてしまおう。

 

お月さまは穏やかな気持ちで、そう思いました。

 

日に日にお月さまは細くなっていきます。

半月。

三日月。

そして15日後。

アースのいる屋上から、お月さまは完全に見えなくなって、あとには満天の星空が残りました。

 

2週間前のまんまるなお月さま。

昨日の、糸のように細くなってしまったお月さま。

今日、アースはいなくなってしまったお月様を想い、ひとりで涙をこぼしました。

 

次の日の昼間、仕事に向かうアースに太陽が話しかけました。

「アース、おまえはお月さまが好きなんだね」

「はい、太陽さん。

 あの優しい光が、僕の心を温めてくれました。

 毎日かたちが変わるのに、そのどれもがとても美しい星なんて、僕はほかに知りません。

 お月さまがいなくなって、僕は今日からどうやってささくれた気持ちを静めればいいのでしょうか」
 
太陽はにっこり笑って、ゆっくりとアースのそばを離れていきました。
 
 

その夜、アースは仕事から帰っても屋上に上る気にはなれませんでした。

 

星たちは前と変わらずにまたたいている。

けど僕の気持ちはもう変わってしまった。

お月さまがいないなら、空を見ても寂しいだけだ。

 

アースは悲しい顔でつぶやくと、屋上へ続くドアに、かちゃんとカギをかけてしまいました。

 

その次の日は、思わず息を吸い込みたくなるようないいお天気でした。

きっと夜空には可愛らしい星たちが、色とりどりにきらめいていることでしょう。

 

真夜中。

アースは、屋上への階段を上ります。

足音は立てず、とてもひそやかに。

屋上へ上らなくなった今、アースは心安らかにベッドで眠ることができませんでした。

お月さまの柔らかな光が、どうしても忘れられなかったのです。

 

屋上のドアを開け、わざと空を見ないようにして、いつものベンチに近づきます。

もういないことは分かっているけど。

そう言って勢いよくベンチに寝転んだアースは、信じられないものを見たのです。

 

見上げた空には、細く輝く青白い光。

 

もう二度と会えないと思っていたお月さまが、何日か前の姿でアースの前に現れたのです。

目を見開いたままのアース。

やがて、両方の目から耳にかけて、すぅっと水滴が流れ落ちました。

まるで尾を引く流れ星のように。

それから何時間もの間、空が明るくなって、うっすらと透明になったお月さまが消えるまで、アースはずっと、お月さまを見つめ続けました。

 

もしかしたらまた消えてしまうのかもしれない。

けど、今度はもう大丈夫。

君のすがたを忘れてしまわないように、しっかりと心の宇宙に浮かばせておくよ。

 

アースはまた毎晩、真夜中の屋上に上がるようになりました。

細かったお月さまはしだいに丸くなり、そしてまんまるになったあと、また細くなっていきました。

やがて糸のようなお月さまが消えてしまった夜。

アースはじっと、お月さまのいない空を見つめ、ほんの少しだけ緊張しながら、次の夜を待ちました。

 

次の日、細い細いお月さまがわずかに現れたのを見て、アースは心からほっとしました。

お月様はただアースから見えなくなっただけで、いなくなったわけではなかったのです。

それからのアースは、昼も夜もお月さまといっしょでした。

たとえすがたが見えなくても、お月さまはいつも空にいるということに気がついたからです。

 

昼間、まだ太陽が明るく輝く時間に、透明に近いお月さまが空に浮いているのを見つけることもありました。

そんな日にはきまって、アースの友達は、いつもよりとても機嫌よく仕事をするアースをからかうのでした。

「きみはお月さまの恋人なんだね」と。

ほほ笑むアースを見守りながら、お月さまもそれは幸せな気持ちでした。

 

それからというもの、夜空に浮かぶお月さまはずっと、満ち欠けを繰り返しています。

丸く、また細く。

アースに、たとえ輝かなくとも、どんなかたちになっても、美しいと賞賛されたお月さま。

今では、星たちにも、夜空を眺める人たちにも愛され、今日もほんのりと白く光っているのです。

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